2013 年 1 月 6 日

・説教 ガラテヤ人への手紙4章12-20節  「パウロの願い」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 00:51

2013.1.6

鴨下 直樹

今日の説教の題を「パウロの願い」としました。それは今日の聖書の冒頭の言葉、「お願いです。兄弟たち。私のようになってください。」という十二節の言葉からとりました。もっと色々な題をつけることができると思います。いつも単純な題しかつけられないのですが、今日の聖書が語っているのは、パウロのこの言葉につきるのです。

お願いです。兄弟たち。私のようになってください。

しかし、よく考えてみますと、私たちは普段そのように誰かに言うことができるでしょうか。たとえば、昨年のクリスマスに洗礼式がありまして、洗礼を受けられた方に教保という人がつきます。新しい信仰の歩みの支えとなるように役員会でよく祈りながら教保をつけるのです。教えを保つと書きます。その教保が新しく教会員となった方に、「なに、心配することはないのです。私のように生きたらよいのです」と言えるかということです。そんなことを言うと、誰かの教保をしておられる方はびっくりしてしまうかもしれません。「私はそんな立派なキリスト者ではない」と言いたくなるのではないかと思うのです。

私たちは、「私のようになってください」などと言えるのは、よほど立派な人間でないと言えることではないとまず考えるのではないでしょうか。実際、そんなに軽々しく言える言葉ではないのです。しかし、パウロはここでそれこそ確信をもって語っています。もちろん口先だけの言葉ではなかったはずです。心からそう願っていたに違いないのです。
私たちが言うことができるとしたらどうでしょう。前任の後藤先生の書かれた『キリスト教Q&A21』という本があります。この本はこれまで洗礼を受ける方のテキストにしてきたということもあって、今もそれを使って洗礼の方の学びをしています。その中にもでてきますけれども、後藤先生自身、洗礼を受けたときに誰かにこう言われたそうです。「人間をみてはいけません。キリストを見ることが大事です。」と。人が何をしたとか、何をしなかったとかそういうところにいつも目を向けていると、腹が立ったりします。けれども、主イエスを見つめていれば、そういうことから回避できるというのです。後藤先生自身、そのアドバイスはとても役にたったと書いておられます。

パウロが、「私のようになってください」と言っているのは、自分は立派なキリスト者で、私を手本にすると良いという意味で言っているのでしょうか。パウロはこのすぐ後で「私もあなたがたのようになったのですから」と言っています。これは、どういうことなのでしょうか。
パウロがここで「わたしはあなたがたのようになった」というのは、異邦人のようになった。ガラテヤ人のようになったということです。つまり、ユダヤ人であったのに、ユダヤ人として生活しなかった、神の戒めである律法に従って生きるのではなくて、ガラテヤ人たちと同じように生活したということです。これはユダヤ人の生活が身に着いていたパウロにしてみれば大変なことであったに違いないのです。自分たちが食べない、汚れていると考えていたようなものも一緒になって食べたというようなことまでこの言葉には含まれているのです。そう考えますとパウロは人よりも立派な人間になってほしいのだということをどうもここで言おうとしているようではないようです。むしろ、その逆で弱い者になることを恐れないで欲しいということを言おうとしているのです。

私たちは誰かを見る時に、あの人のようになりたいという憧れの気持ちを持つことがあります。それはとても大事なことで、憧れは私たちを成長に促すとても大切なものです。けれども、同時に現実から目を背けて、あの人のようになりたい、あの人は気楽そうにやっていてうらやましいとか、そういう現実逃避の思いになるのだとすればそれはとても危険なことです。パウロがここで、「私のようになってください」という願いは、人をそのような思いにするものは少しも入っていないのです。むしろ、立派な人間になれというのではなくて、弱い者になるということなのだとここで言っているのです。

というのは、その後を見てみますと、自分の弱さのことを語っています。十三節。

御承知のとおり、私が最初あなたがたに福音を伝えたのは、私の肉体が弱かったためでした。

とあります。この時、具体的にどういう状況でパウロがガラテヤで伝道したのか詳しいことは分かりません。けれども、パウロはどうもこの時病気であったらしいのです。そして、そのパウロを見て、ガラテヤの人々は「あなたがたは、もしできれば自分の目をえぐり出して私に与えたいとさえ思ったではありませんか。」と言っていたと、十五節にあります。
パウロ自身病を患っていました。神の言葉を語る伝道者として働きながら、パウロ自身、自分ではどうすることもできない弱さと戦っていました。多くの人は思うかもしれないのです。「なぜ、神と共にいながらあなたの病気は治らないのですか」と。「なぜ不幸を抱えたままで、弱さを抱えたままで、神のために働いていますと言えるのですか」と。そう聞かれたら、困ってしまうのです。パウロは誇ることの出来るようなものは何もないのです。人から尋ねられれば答えることにも窮するのです。けれども、パウロはたとえ病気を患っていたとしても、不幸に生きているように見えたとしても、そのようなものを乗り越えて生きることができるのが信仰の道なのだと語りたいのです。

主イエスと出会うまでのかつてのパウロは傲慢な男でした。聖書に従って生きていることが誇りでした。それこそ自分の生き方がもっとも正し生き方だ。自分の生き方を見てみろ、とみなに豪語したい思いがあるような男だったのです。けれども、使徒の働きの九章に記されていますけれども、そういうパウロを神が打ちのめします。主イエスと出会った時に、目が見えなくなってしまったのです。そして、アナニヤという伝道者をとおして目が開かれます。その時に、ただ再び見えるようにあったというのではなくて、心の目も開かれました。そこで、自分の力ではなく、神の力こそが偉大だということを経験したのです。そして、このお方は、弱さを担ってくださるお方であることを知ったのです。

かつてガラテヤの教会の人々は「もしできれば、自分の目をえぐりだしてパウロに与えたいと思ったではないか。」とパウロは語ります。そこには、その経験を通して、神が弱い者を支えてくださるということを、あなたがたは分かっていたではないかと、その時のことをお乞い起すように促します。へりくだることを、喜んで弱い者になることを選ぼうとしたガラテヤの人々の姿は確かにそこにはあったのです。

谷昌恒という北海道の教育者がおりました。この谷先生は北海道にある家庭学校の校長を長い間しておられた方です。家庭学校といいましても、教護院です。普通の学校で問題を起こしていられなくなった中学生や高校の生徒たちが送られてくる学校です。しかし、その学校は聖書を中心とした教育を行ないます。この学校の出来事が「ひとむれ」という本にまとめられています。その中にこんな出来事が記されています。
ある時、その学校にひとりの中学生が入れられます。この生徒は入学して間もなく、先にいた生徒に一つの質問をしました。「この学校ではどこでタバコを吸うのか」と質問をしたのです。どこの学校に行っても、先生の知らないこどもたちだけの世界というものがあります。そこでタバコを吸ったり、シンナーを吸ったりすることができる場所があるはずだと考えたのです。ところがそう尋ねられた生徒はこう答えました。
「この学校には先生の知らない僕たちだけの世界なんていうものはない。先生に隠れて何かをしようと僕たちは考えない。先生も僕たちも同じ、ひとつの世界に住んでいるのだ」と答えたのです。この生徒の言葉には、君も僕たちのようになってほしいのだという言葉があります。
自分のことだけ考えて生きていればよいのだと考える世界に私たちは生きています。そうやってすこしでも上手に生きることが、弱い人間にならないためのコツだとでも考えてしまうのです。損をしたくない、失いたくはない、そんなことをすれば自分が悲しくなるだけのことだと、ついつい私たちは考えてしまいます。けれども、そう考えてしまうところにこそ、私たちの悲しみがあるのだということにはなかなか気づきません。
この少年は、みんながここではへりくだって生きているのだと言おうとしているのです。みんなが人を出し抜くことを考えるのをやめたらいい。そうしたら一つの世界を作れるのだということを、この少年はすでに知っているということです。

ここでパウロがガラテヤの教会の人々に語っているのはまさにそのことです。しかし、それはそんなに簡単に理解できることではないのです。ですから、パウロはここでそのことをこう言っています。十九節です。

私の子どもたちよ。あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。

というところによく表れています。まるで、長い間母のおなかの中にいて、ようやく子どもがうまれてくる、あの時の苦しみを味わうほどの苦しみが伴うのだとパウロは言います。もう分かってくれていたはずだと思っていたのに、まだ、生まれてもいなかったのか、これからまた生み出さなければならないのかというのは、本当に大きな失望であったに違いないのです。

パウロはこの手紙を書きながら、憤ったり、がっかりしたり、さまざまな感情を表しています。けれども、ほんとうは優しい言葉で語り合いたいと思っているのです。それが二十節の

それで、今あなたがたといっしょにいることができたら、そしてこんな語調でなく話せたらと思います。あなたがたのことをどうしたらよいかと困っているのです。

これこそパウロの心からの気持ちであったに違いありません。厳しく話すつもりなどパウロにはないのです。けれども、片方ではエルサレム教会の人々、異邦人には律法を守らせるべきだと主張する人々がいて、それとパウロは戦っているのに、ガラテヤの教会の人々のほうからこの人々の教えになびいてしまうのであれば、パウロとしてはもうどうしていいか分からなくなってしまうのです。

年末から新年にかけて日曜の礼拝、クリスマスイブの礼拝、元旦礼拝と御言葉を語り続けて来ました。ある方が、先日私に、「年末年始にかけて、先生の説教の言葉が非常に強く感じました。」と言われました。私としては特に意識してはいないのですが、どうもそれこそ語調が強かったようです。どうも、ここは分かってほしいという思いが強いと、私の声も無意識に大きくなっているということなのかなと考えさせられました。
パウロはここで自分の語気が荒くなっていることに気づいたようです。そして、冷静になりながら、本当はこんな言葉で語りたくはないのだと言います。しかし、語らなければならなかったのです。それは、十九節ですでに語った「あなたがたのうちにキリストが形造られる」ということが必要だとパウロは考えているからです。それを、産みの苦しみという言葉で表現したのです。

洗礼をうけることを、もう一度新しく生まれる、「新生」という言い方をすることがあります。水の中から新しい存在として生まれてくるのです。それは、キリストのようになる歩み、キリストが形造られる歩みです。それは本来、優しい言葉で喜びの言葉として語られるべき福音です。私たちは、病を患うこともある、自分は不幸だと思うことがある。キリスト者として生きているという喜びが実感として伴わないということがある。いつも、心の中にさまざまな不安な気持ちが潜んでいるということだってあると思います。誰にも口にして言うことはできないけれども、私は人の前に、自分の生き方に自信があるなどと言うことも言えない。けれども、弱いものであったとしても、不幸だと感じているとしても、そのような私たちの命を、生活を、キリストが新しくしてくださるのです。パウロがかつてそれを経験したように、わたしたちも自分の弱さが支えられるのです。肩肘を張って生きることもなく、本当に主に支えられていることを味わうことができるのです。そこに、私たちが喜びを見出す時、私たちの歩みの中にキリストが形造られていくのです。この一年の歩みも、それは変わることなく私たちの歩みの根底にあるのです。

お祈りをいたします。

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