2015 年 4 月 3 日

・説教 ヨハネの福音書13章1-15節 「残すところなく示された愛」

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2015.4.3

 鴨下 直樹

 

今日、この受難日に私たちは「洗足」と言われる出来事の箇所を聞いています。今年の元旦礼拝で今年の年間聖句のカードをお配りしました。そこにこの「洗足」の絵が描かれております。今年、私たちが一年をかけて心に刻もうとしている主イエスのお姿が、ここに描かれています。元旦礼拝で今年一年私たちに与えられた言葉として心にとめているのはローマ人への手紙15章7節です。

キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。

私たちはこの一年、ほかの人を受け入れることを心にとめて一年の歩みをしています。けれども、互いに受け入れあうということは簡単なことではないことを、もうすでに毎日のように味わっておられることと思います。夫婦であっても、子どもであっても、あるいは親であっても受け入れることの難しさを覚えます。いや、むしろ家族であればあるほど、受け入れることの困難さを覚えるというところがあります。というのは、家族というのは、こうであってほしいという、私たちの願いが一番強く出るところだからです。もっと自分を理解してほしい、もっとああして欲しい、こうして欲しいと、私たちは身近な者に対して強い願いを抱きます。

「キリストが神の栄光のために私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい」というこのみ言葉を、ほかの言葉で言いかえるとすると、それは「愛すること」と言い換えることができると思います。愛することは、受け入れることです。愛することはゆるすことです。

 

今日、この受難日の礼拝に、私たちは主イエスが弟子たちの足を洗ってくださった物語を聞いています。主イエスは足を洗うことを通して私たちに愛を示してくださいました。

1節にこう書かれています。

さて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。

ヨハネの福音書は13章までとこの13章からで大きく内容が分かれます。そして、この13章は主イエスの受難について記されているところです。ですから、この1節の言葉、つまり、主イエスが「その愛を残るところなく示された」と記されている部分は、主イエスが弟子たちの足を洗われた洗足の部分だけを指す言葉ではなくて、主イエスの受難の出来事をすべて含んだ言葉と言っていいと思います。

けれども、それと同時に、主イエスが「その愛を残るところなく示された」と書かれて、その主イエスの愛の業を表しているのは、何よりもこの洗足の出来事においてであると考えることはできると思います。

主イエスは弟子たちの足を洗ってくださる。このことに驚いた弟子のペテロは主イエスに尋ねます。6節です。

「主よ。あなたが、私の足を洗ってくださるのですか。」

続く7節と8節にペテロと主イエスの会話が載せられています。そこにはこうあります。

イエスは答えて言われた。「わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります。」ペテロはイエスに言った。「決して私の足をお洗いにならないでください。」

弟子のペテロが主であるイエスから足を洗ってもらうなどということはペテロの理解を超えたことでした。ですから、主イエスも「わたしがしていることは、今はあなたにはわからない」と言われたのです。弟子の足を師が洗うということは、理解することがまったくできないほどの行為です。まさに、自尊心を捨てなければできないへりくだりの行為です。ですから、あのみ言葉のカードにジーガ・ケーダの書いた絵がその背後に描かれていますけれども、あの絵の中のたらいに映る主イエスの顔はとても厳しい、悲しげな顔をしておられるのです。

しかし、1節にありましたように、主イエスは「世にいる自分の者を愛されたイエス」です。ご自分の民、主イエス自身が愛された者です。そのご自分の愛しておられる者に、主イエスは、自尊心を捨てて、まさに、その者をまるごと受け入れているという愛を、主は足を洗うことを通してお示しくださったのでした。

この後の主イエスとペテロの会話がとても面白く描かれています。8節以下です。

イエスは答えられた。「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしと何の関係もありません。」シモン・ペテロは言った「主よ。私の足だけでなく、手も頭も洗ってください。」イエスは彼に言われた。「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです。

ペテロという弟子の愛らしさが描かれているところです。主イエスに足を洗っていただければ、主イエスと何の関係もありませんと言われると、「それなら、全身を洗ってください」と洗う部分が多いほど主イエスと深く関われるかのような言葉を発しています。もちろん、主イエスはそうではなくて、主が弟子の足を洗うことの意味を語られました。

そして、14節と15節では

主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。

と言われています。

主イエスは、あなたがたも互いに足を洗い合うようにとここでお語りになられました。もちろん、それは、文字通りに足を洗い合うということではありません。そうであれば、きっと聖餐式のように、足を洗い合う習慣が教会に残ったことでしょう。そうではなくて、互いに受け入れあうことを通して、あなたがたは互いに愛を示すのだということを主イエスは教えられたのです。

愛を示すということは、とても難しいことです。私たちは普段、どうしたら愛を示すことができるのかいろいろ考えるのだと思います。相手の喜ぶことをしようとしたり、相手に合わせて、自分が我慢をすることによって愛が示せると考えることもあるでしょう。多くの場合は、喜んでもらうことができるのですが、時には、それが余計なお世話になってしまうこともあります。

先日もある方と今年の年間聖句の話をしながら、互いに受け入れあうことの難しさを話していました。すると、その方は「受け入れてくれなくてもいいから、何もしないでもらいたい」と言われて、私も少し考え込んでしまいました。ある意味では、何も干渉しないでくれたほうがよっぽど気が楽なのだということです。これは、良く分かる部分があります。相手が良かれと思ってしてくれる事は、それは善意ですから、それには必ずと言っていいほど、喜んで感謝を表す必要がでてきます。けれども、いつもいつも相手がしてくれる事が嬉しいわけではない。時には、その相手の善意が重たいこともあれば、相手の優しさが本当に自分のことを思っての行為なのか、それとも何か良いことをすることによって自分自身に酔いしれているのではないか、と感じてしまうこともあります。愛するということは難しいのだということを、そこで考えさせられてしまうのです。

しかし、主イエスはこのことを通して愛を残すところなくお示しになられました。「完全に示された」ということです。実は、このヨハネの福音書を読み進めてまいりますと、主イエスが十字架におかかりにならたところで、主イエスはこのように言われました。

19章の30節です。

イエスは、酔いぶどう酒を受けられると、「完了した。」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。

主イエスが十字架の上で語られた最後の言葉だと言われている言葉です。それが、「完了した」です。何が完了したのかと言いますと、それは、「愛を残すところなく示されたこと」がここで完成したということなのです。

つまり、それは愛する者のために自分を捨てることに徹し切られたということです。それが、十字架で自分のいのちを捨てることでした。そこには、人々から罵られることを受け取られるということも、十字架の痛みを受け入れるということも、自分の言い分は何も言わないということも、そして、神からも見捨てられることすらも含まれています。

しかも、そのようにして自らを犠牲にする愛を示されても、まだ、その愛を受け取ってもらえないということもあるということさえ、そこには含まれているのです。

というのは、このところで、主イエスが愛を残すところなくお示しになさろうとしているすぐ後で、ヨハネの福音書は、イスカリオテのユダに主イエスを裏切る思いが起こったと書かれています。愛を示すということの厳しさが、ここに語られています。

 

今夜、私たちは、主イエスが私たちのために、私たちを愛して、その愛を余すところなくお示しになられた。その愛が、主イエスの十字架の死であったことを覚えて、このように礼拝に集っています。ぜひ、知っていただきたいのです。主イエスは、あなたを愛するために、あなたを受け入れるために十字架におかかりになられたのだということを。主イエスは、あなたを愛している。あなたに完全な愛を示したいと思っておられる。なぜか、それは、あなたが喜んで、この世にあって生きることができるためです。神の御前で安心して生きることができるためです。

わたしは、この愛で愛されたのだ。主はわたしをこの愛で愛してくださったのだということを。私たちが、今日、心にとめなければならないのは、はじめに主がわたしたちを愛してくださったというこの事実なのです。

 

お祈りをいたします。

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