2019 年 4 月 19 日

・説教 マルコの福音書13章14-27節「終わりの時に」

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2019.04.19

鴨下 直樹

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 今日は受難日です。聖金曜日などと呼ばれる日です。主イエスの終わりの時を心に刻むために、私たちは毎年この金曜の夜に礼拝をささげています。そして、今、礼拝でマルコの福音書を順に読み進めているのですが、今日はこの13章の14節から27節のところを読みました。もっとほかの聖書箇所にした方がよいのではないかと思う方もあるかもしれませんが、私は今日、私たちが聞くべきみ言葉がここにあると思っています。

 今日の箇所は「終わりの時」、つまり、神の裁きの時どうなるのかということが書かれているところです。これからどうなるのかということです。今年は、教団の役から解放されて例年よりも時間ができました。それで、今年みなさんと一度できるだけ時間をとって一人ずつお話する時を持ちたいと、家庭訪問を計画しています。先日も、さっそく一人のかたとお話しました。何を話したのかというと、葬儀についてです。自分が天に召された後、どうするかということをお話しました。主に葬儀の相談になりました。

 私は芥見に来て、この4月で12年目になると思います。幸いなことですが、この間この教会の教会員の方の葬儀はほとんどありませんでした。ですが、備えておく必要はあります。この聖書箇所の準備をしているときに、加藤常昭先生の説教を読みましたら、面白いことが書いてありました。ちょうど、ここから説教をした前の週に、教会で葬儀があったのだそうです。そのせいかどうかわからないけれども、自分が死んだ夢を見たという夢を見たのだそうです。ちょっと紛らわしい夢です。しかも、一晩に同じ夢を二度も見たんだそうです。ということは夢の中でですが、二度死んだんだそうです。ちょっとややこしい話ですけれども、自分が死んだ夢を見たということを奥様に話そうとしているのに、見つからない、いらいらしているうちに目が覚めたというんです。夢の中で、自分が死んだらどうなるだろうかということを確かめたい自分がいる。加藤先生はここでそんなことを語っておられます。

 当然のことですけれども、自分の葬儀に自分は出ることができません。名古屋の神学塾の新しい理事長になられた先生は、自分は生前葬をやりたいとよく言っておられます。生前葬という言葉を私はその時に初めて聞いたのですが、生きているうちに、自分の葬儀を自分の司式でやるというのです。ちゃんとお花料ももらう。死んでからでは使えないから、その前にちゃんともらう。そんなことを話されている先生は、あろうことかホーリネス教団の先生です。聖め派などといわれている教会に属している牧師がこんなに貪欲でいいのかといつも話しています。だから、自分は汚れ派の牧師ですと呼んでいます。どこまで本気なのか冗談なのかさえよくわかりません。ですが、自分が死んだらどうなるのか、どう葬られるのか、その後家族はどうなるだろう。教会はどうなるだろう。いろんなことが気になるわけです。もちろんそれは葬儀のことだけでなくて、私たちが神の裁きの前に立つときにどうなるのかということもとても気になるものです。

 先日もある方から質問を受けました。死んだら神の前で裁きを受けると書かれているけれども、それは最後の審判の時のことでしょう。そうだとしたら、すでに死んだ人はその最後の審判までの間、何をして過ごすのでしょうか。どこか、いる場所があるんでしょうかという質問です。

 同じような問いを持っておられる方は少なくないのかもしれません。実際、そういう考え方から、天国までの待合室がある。それが、主イエスが語られたラザロと金持ちの時に出て来た「アブラハムのふところ」という一時避難所のような場所があるのではないかとか、カトリック教会はその間、死んだ人がもう一度やり直しできるように「煉獄」という場所があるとか、あるいは、死んだあと、もう一度福音を聞いて救いを信じる可能性がある、「セカンドチャンス」があるのではないかとか、いろんな考え方が出てきたわけです。そういう疑問にあとで少しずつ答えたいと思いますが、話をまずもとに戻す必要があるかもしれません。

 主イエスはここで、神の裁きの御業が起こるときに、「屋上にいる人は下に降りるな」とか「畑にいる人は上着を取りに戻るな」ということが語られています。これは簡単に言えば後ろを振り返るなということです。このあと続く言葉の一つ一つもそうですが、自分のいのちを大切にして生き延びることを考えよというのです。

19節にこう書かれています。

「それらの日には、神が創造された被造世界のはじめから今に至るまでなかったような、また、今後も決してないような苦難が起こるからです。」

 この天地を創造されたのは主です。この主が言われるのです。これまでになかったような、そして、今後も決してないような苦難が起こると。それはどんなの日のことなのか、読んでいくと明らかになっていきます。20節ではこう書かれています。

「もし主がその日数を少なくしてくださらなかったら、一人も救われないでしょう。しかし、主は、ご自分が選んだ人たちのために、その日数を少なくしてくださいました。」

つまり、ここで主が語っておられるのは終わりの時のことです。終わりの時、それが神の裁きの時です。神がこの世界を存続することをゆるされないときが来るということです。

 さて、その「終わりの時」のことを聖書はなんと言っているのでしょうか。このあと続く26節と27節ではこう書かれています。

「そのとき人々は、人の子が雲のうちに、偉大な力と栄光とともに来るのを見ます。そのとき、人の子は御使いたちを遣わし、地の果てから天の果てまで、選ばれた者たちを四方から集めます。」

その時、主イエスは雲にのっておいでになるということがここで語られているわけです。

 テサロニケ人への手紙第一4章でパウロはこうも言っています。15節から17節です。

「生きている私たちは、主の来臨まで残っているなら、眠った人たちより先になることは決してありません。すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」

 これまでテサロニケの手紙を説教していませんから、この箇所についてあまり話したことはありません。ですが、ここでパウロは福音書で語られている「主は雲のうちに来られる」という言葉を、私たちの方が終わりの時、つまりキリストの再臨の時に、空中まで引き上げられてそこで主と出会うと語りました。これを「携挙」(けいきょ)と言います。携え挙げられると書いて「携挙」といいます。

 パウロの時代というのは主の十字架と復活の後、40日の間弟子たちとともにおられた後に主は天に引き上げられていきました。そのさい、主は「わたしはあなたがたの住まいを備えにいく」と言われました。ですから、初代の教会の時代というのは、主がもう一度来られる日を今か今かと待ち望んでいました。その証拠に、主イエスについての記録をする必要がないと思っていたのです。主イエスが天にあげられてから30年以上もの間、主イエスについて記録を取っておこうとさえ考えていなかったことからも、そのことが分かるわけです。そういういつも主の再臨が起こるという期待をいだいていた初代の教会の人々は、この再臨の希望を教会でしっかりと語り伝えていました。主はやがて来られる。雲に乗ってこられると書かれているのだということを、しっかりと語り伝えたのです。そして、その時が来たら、主は天から私たちを迎えに来てくださるということを、教えたわけです。

 それから2000年近くが経つようになって、私たちは段々とこの再臨ということをあまり考えなくなってしまいました。そして、それと同時に終わりの時のことも語られなくなっていったわけです。けれども、大事なことは終わりの時は、主が語られたように必ず来るということです。そして、多くの場合、私たちの方がこの世での生を終えて、主が来られるよりも先に天に引き上げられる日が来る人の方が多いわけです。

 パウロはそこで、先にまず、すでに眠った人々が、まず主と出会い、そして、その次に生かされている私たちが主と出会うのだと語りました。そこで、私たちはこのことを理解しておくことが大事なわけですが、そこで大事なのはすでに死んだ人たちは、どこか待合所のような場所があって、それまでそこで待機しているのではないかと想像するよりも、むしろ、私たちが死を迎えた時、その時、私たちは天で私たちの住まいを備えてくださっておられる主と出会うことできるということです。時間の順番のことは私たちが心配することではありません。

 そして、私たちにとっての裁きは、私たちが死んでから、私たちの生前に何をしたのか、その行いに応じて神の裁きがそこで行われるというのではなくて、私たちの裁きは、まさにこの日、この受難日に神が私たちに対する裁きをなさった。それが、主の十字架の意味だということを心に深く刻む必要があるのです。主イエスの十字架の死は、まさに私たちの終わりの時でした。神の裁きが、そこで行われたのです。

 今日の14節にこうあります。

「荒らす忌まわしいもの」が、立ってはならない所に立つのを見たら――読者はよく理解せよ――ユダヤにいる人は山に逃げなさい。

 これはダニエル書ですでに書かれていることですけれども、その時代、アンティオコス・エピファネス四世という王が神殿を冒涜して異教の祭儀を執行したことがありました。その時のことをここで語りながら、当時のローマの皇帝カリグラもまた神殿に皇帝自身の像を安置するということを考えたということが伝えられています。それがまさに紀元30年頃の出来事として記録されているようです。

 けれども、私たちがそこで理解する必要があるのは、偽りの神が「立ってはならないところに立つ」というのは、神以外のものに心を向けるならばという警告として、まず理解する必要があるということです。神ではないものに心を向け、立つはずではない一番大切なお方のあるべきところに、ほかの神を持ち込む、それは別に偶像や異教の神でなかったとしても、私たちが神よりも大事だと考えるものができるなら、それが自ら終わりの時を迎えることになるという警告としてこの言葉を聞き取る必要があるのです。

 私たちの主イエスは、私たちをこの神の裁きから救い出すために、この日、十字架にかかり、私たちの受けるべき神の裁きを受け取られたのです。そうであるならば、私たちはこのお方以外のものを神としてはならないのです。私たちはいつもこの終わりの時であると言う危機意識を持ちながら、主のしてくださった救いの出来事を心に刻む必要があるのです。

 今日は、私たちの代わりに、神の御子であられる主イエスが神に裁かれた日、神に捨てられた日です。そのことを心に刻みながら、私たちの罪をこの主の前で告白し、今から、この主の聖餐にあずかりたいのです。

お祈りをいたします。

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