2021 年 7 月 31 日

今月の礼拝予定(2021年8月)

Filed under: 今月の礼拝予定 — susumu @ 12:18

8月1日 三位一体後第9主日

主日主題: みことば
聖餐式礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: ローマ人への手紙3章1-8節
説教:「みことばを委ねられた民」鴨下直樹牧師

礼拝後:役員会

8月8日 三位一体後第10主日

主日主題: 啓示
公同礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: ローマ人への手紙3章9-20節
説教:「人の努力に代わるもの」鴨下直樹牧師

8月15日 三位一体後第11主日

主日主題: 愛
公同礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: マタイの福音書11章20-30節
説教:「安息に招かれるお方」田村神学生

8月22日 三位一体後第12主日

主日主題: 喜び
公同礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: マルコの福音書15章33-34節
説教:「十字架上の7 つの言葉」田中啓介師

8月29日 三位一体後第13主日

主日主題: 義認
公同礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: ローマ人への手紙3章21-26節
説教:「示される神の義」鴨下直樹牧師

2021 年 7 月 28 日

ざっくり学ぶ聖書入門28 中間時代

Filed under: 聖書の学びと祈り会 — susumu @ 20:21

2021 年 7 月 25 日

・説教 ローマ人への手紙2章17-29節「御霊による心」

Filed under: ライブ配信,礼拝説教,説教音声 — susumu @ 08:02

2021.07.25

鴨下 直樹

⇒ 説教音声の再生はこちら

Lineライブ

午前10時30分よりライブ配信いたします。終了後は録画でご覧いただけます。


 
 先週金曜日、東京オリンピックの開会式が行われました。ご覧になられた方も沢山おられると思います。先日、岐阜県が発行しました、『岐阜県ゆかりの選手応援ガイドブック』というものを頂きまして、見ておりましたら、この岐阜市からも色んな選手が出るようです。私も知らなかったのですが、今回からの新しい種目で、スケートボードに出る岡本みすぐ選手はこの岐阜市在住で、何と15歳なんだそうです。しかも、世界ランク1位というので、私も楽しみにしています。

 そのパンフレットの中に、岐阜県の色んな市町村が、オリンピックに参加する国のホストタウンとして掲載されているのですが、この近くでは八百津町という町があります。この町は可児教会のクリスチャン・ワイゲル宣教師が、住まいを置きまして、そこで伝道をしている町です。この八百津町はイスラエルのホストタウンになっているということでした。そういうオリンピックへの関わり方もあるのだと改めて知らされております。

 昨年の末から、水曜日の聖書の学びと祈り会の時に、「ざっくり学ぶ聖書入門」の学びを始めました。先日27回目で、旧約聖書の学びを終えました。それで、次回は旧約聖書と新約聖書の間の期間、この期間のことを中間時代というのですが、ここの学びをしようと思っています。

 実は、私が神学生の時は、ちょうど、この講義の担当の先生がいなかったので、私はこの学びをしたことがありません。それで、今、この講義を担当している古知野教会の岩田先生に、何かいい本はないかと聞きましたら、一冊の本を教えてくれました。『マンガ・聖書時代の古代帝国』という、いのちのことば社から出ている本です。

 中間時代というのは400年あるのですが、この本はイスラエル滅亡の頃からの約700年間を、マンガを交えて解説しているものです。この新約に移る前の700年の間に、イスラエルは、国が滅んでしまいます。そして、その後2000年以上にわたって、国土を持たない離散の民になってしまうという経緯があります。

 この中間時代と呼ばれる時代は、聖書には書かれていないのですが、イスラエルがさまざまな近隣の強国に支配されながら、何とか生き抜いていくという大変な時代です。

 その当時、このユダヤ人たちの信仰は、非常に倫理的であり、内容的にもあまりにも良く整えられていたので、ユダヤを支配したギリシャは、このユダヤ人たちの信仰に、とても興味を覚えます。そして、ユダヤ人たちを保護する王が現れる時もあれば、迫害される時代も迎えます。そんな中で、ユダヤ人たちは、パリサイ派とサドカイ派とに分かれていきます。サドカイ派は、ギリシャの思想を取り入れていきますが、パリサイ派は、できる限り聖書に厳密な立場を取ろうとした人々でした。そして、サドカイ派はエリート意識が強い人々でしたが、パリサイ派は庶民も、また異邦人をも巻き込んでいくという形態になっていくわけです。この辺りのことが、とても詳しくこの本の中には書かれています。

 そんな中で、パリサイ派の人々は、律法を大事にすることと、割礼を受けることで、異邦人であっても、ユダヤ人として歓迎していくというやり方で、各地に宣教師と言いましょうか、伝道者を遣わしていったのです。

 今日のパウロの手紙を理解するためには、こういう背景を知っていると、とても理解しやすくなります。つまり、このようなユダヤ人たちの宣教師、もっと言うとユダヤ教宣教師たちは当然、ローマにも沢山入っていたわけです。そして、ローマにいるユダヤ人キリスト者たちは、このユダヤ人宣教師たちの教えを色濃く受けていたので、パウロがこの手紙をローマに書く時には、まず、その人たちに向けて、主イエスの福音とは何かということを、丁寧に説いていく必要があったのでした。

 しかも、パウロもこの人たちを切り捨ててしまう、いわゆる “キリステ教” の立場を取ることもできたのですが、そうしないで、その人たちにも、どうしても、このユダヤ教の考え方と、キリスト教の違いというものを理解してもらわなければならないと考えました。これが、難しいわけです。

 こういうのはダメ、と切り捨てるだけなら簡単ですが、自分の間違いに気づいてもらって、なおかつ、正しい考え方に変わってもらう必要があるので、気を付けた言い方をしなければなりません。 (続きを読む…)

2021 年 7 月 18 日

・説教 ローマ人への手紙2章12-16節「律法と福音」

Filed under: ライブ配信,礼拝説教,説教音声 — susumu @ 09:59

2021.07.18

鴨下 直樹

⇒ 説教音声の再生はこちら

Lineライブ

午前10時30分よりライブ配信いたします。終了後は録画でご覧いただけます。


 
 我が家には犬がいます。もうすぐ2歳になります。なかなかやんちゃな犬で、躾が思うように入らなくて悩んでおります。一番困っているのは、留守番をさせる時です。

 少し前までは小さかったこともあって、留守の間はケージの中に入れて、外に出かけるのですが、そろそろもう大丈夫かなと思って、ケージに入れないで、そのまま出しておくことがあります。

 午前中くらいの時間であれば、さほど問題はないのですが、少し長い時間家を空けますと、まず間違いなく事件が起こっています。

 夕方に家に帰りますと、犬は私が戻ってきたことが嬉しくて近寄って来るのですが、その日は出てきません。この時点で何かあったのだということが分かるのですが、部屋に入るととんでもないことになっています。

 テーブルの上に置かれていた、薬の入れ物が散乱していて、娘の机の上にある鉛筆やらボールペンは跡形もないくらいバキバキに壊されています。テーブルのものが全て床に落ちているので、テーブルの上に上がったんだということも分かります。

 私が「何やった!」と少し大きな声をあげます。そうすると、犬はおこられることを察知して、ハウスの中に隠れるわけです。

 聖書はこう言っています。

律法なしに罪を犯した者はみな、律法なしに滅び、律法の下にあって罪を犯した者はみな、律法によってさばかれます。

12節です。

 律法のない我が家の「さくら」は、「さくら」というのは犬の名前ですが、律法なしで滅びることになります。まず、私の怒りの叫びから始まります。そして、そのまま撫でられることもなく、ハウスの中に入れられてしばらく口もきいてもらえなくなります。部屋をかたづけないといけないので仕方がないのですが、私としてはあれほどむなしい時間はありません。

 こんな犬のしつけの話と同じになるかどうか、疑問があるかもしれません。
 
 パウロがここで言おうとしているのは、異邦人であろうとユダヤ人であろうと弁解の余地なしに、裁かれるのだと言っています。
13節

なぜなら、律法を聞く者が神の前に正しいのではなく、律法を行う者が義と認められるからです。

 「律法」というのは、神の心です。神の願いです。言いつけを知っているということよりも、その心を理解してそれをするかどうかが大事だというのです。 (続きを読む…)

2021 年 7 月 14 日

ざっくり学ぶ聖書入門27 十二預言(2)

Filed under: 聖書の学びと祈り会 — susumu @ 20:10

2021 年 7 月 11 日

・説教 ローマ人への手紙2章1-11節「神の慈しみ深さ」

Filed under: ライブ配信,礼拝説教,説教音声 — susumu @ 00:12

2021.07.11

鴨下 直樹

⇒ 説教音声の再生はこちら

Lineライブ

午前10時30分よりライブ配信いたします。終了後は録画でご覧いただけます。


 

 今、私たちはパウロの記したローマ人への手紙のみ言葉を聞き続けています。今日から第2章に入ります。パウロは、この手紙の第1章で、罪の闇の濃さと言いましょうか、その闇の深さを語っています。神の義、神の正しさから離れたところにある、私たちの生活の在り方を正しいとする世界が、どれほど闇に覆われているか。それがどれほど醜いか。そして、どれほど神を悲しませているかを語りました。

 そして、今日の第2章の冒頭で、パウロは畳みかけるようにこう述べています。

ですから、すべて他人をさばく者よ、あなたに弁解の余地はありません。あなたは他人をさばくことで、自分自身にさばきを下しています。さばくあなたが同じことを行っているからです。

 ここまでのパウロは、ギリシア人たちの日常生活の悲惨さ、罪の醜さというものを語ってきました。それを聞いた教会の人たちは、「そうだそうだ、こういう罪はよくない」とパウロに同調して聴いていたと思います。ところが、この教会の人たちに対して、パウロは急に向きなおり、「あなたがたも全く同じなんですよ!」と言い出したのです。

 パウロがここで語っているのは、人をさばくということについてです。

 この人はどうしようもない罪人なのだと人のことを断罪することの恐ろしさを語っています。

 先週も私たちは、ある大臣がコロナ対策の休業要請に協力しない飲食店に金融機関から圧力をかけさせるという発言をしたというニュースを耳にしました。そして、その大臣の発言をめぐって、色んなところで叩かれています。

 もちろん、かなり問題の発言ですが、そうしますと、今度は寄って集って、みんなで猛バッシングを行うわけです。

 こんなニュースは毎週、色んな所で起こりますから、すでに慣れっこになっているところもあります。
 一度、この人は悪いと決めつけられると、鬼の首でも取ったかのようにして追いつめていくのです。それが、人を裁く者の姿です。

 これは、もちろん、私たちの日常生活の中でもごく当たり前に繰り返されます。教会の中でも同様ということになると、これはかなり問題で、もはやキリスト教会ではなくて、「キリステ教会」になってしまいます。

 パウロがここで語っているのは、神の慈しみ深さです。
4節

それとも、神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かないつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか。

 悪の出来事、というか悪いことが私たちの目の前で起こりますと、私たちの目が、どこに向けられるかというと、その人の犯した過ちです。その人の罪の大きさです。これは、とんでもないことをしているぞ!と大騒ぎしてしまいます。

 けれども、パウロが言っているのは、ここで見なければならないのは、その時、神の心はどうだと思うのかということに目を向けるようにということです。 (続きを読む…)

2021 年 7 月 4 日

・説教 ローマ人への手紙1章26-32節「神を知る価値」

Filed under: ライブ配信,礼拝説教,説教音声 — susumu @ 08:44

2021.07.04

鴨下 直樹

⇒ 説教音声の再生はこちら

Lineライブ

午前10時30分よりライブ配信いたします。終了後は録画でご覧いただけます。


 
 前回、私は説教の中で一つのたとえ話をしました。素敵なディナーに招かれた話です。

 神は、私たちを素敵なディナーの席に招待してくださいました。それは、とても素敵な雰囲気の中で、おいしい食事を頂く、まさに完璧なディナーの席です。ところが、その席に招かれながら、心ここにあらず、テレビのスイッチをつけ、食べているものにもあまり目を留めないで、また目の前に座っている相手のことも無視していたら、招待してくれた人はとても悲しみますよねという話をしました。

 それは、このローマ人への手紙の1章の18節から32節までに記されているテーマです。招いてくれた人のことを無視して、自分の見たいものを見る、テレビをつける。それを、聖書の別の言葉で言い換えるなら、「偶像礼拝」ということになります。

 そして、今日の26節から最後の節までで記されているのは、そうやって、招いてくださったお方を無視し続ける姿というのは、どういうものなのかということが、一つのリストのようにまとめられて記されています。

 この29節から31節に記されているリストのことを、「悪徳表」と言います。

 私たちをこの世界においてくださり、私たちが喜んで生きていくことができるように招いてくださった神ご自身を無視して、自分勝手に生きる、それはどういう形になって表れるのかが、ここでひたすらあげられています。

 私たちが今日与えられている聖書を読む時に、こういう箇所を私たちはどう読むのでしょうか。こういう悪徳のリストを見ると、ああこういうことは良くないことなんだな、今度から気を付けようと思って読む。そんな読み方をするのかもしれません。

 今日のところには、何が神を悲しませるのか、罪とは何かということが、ひたすら書かれています。ただ、私たちはこういう箇所を読む時に、この手紙を書いたパウロはこの文章で何を伝えようとしているのかということを、知らなければなりません。

 パウロがここで私たちに語っているのは、こういうことをしてはいけませんよということなのでしょうか。そうではないのです。むしろ、このリストに含まれていることをしていない人なんて、どこにも存在しないのかもしれません。

あらゆる不義、悪、貪欲、悪意に満ち、ねたみ、殺意、争い、欺き、悪巧みにまみれています。また彼らは陰口を言い、人を中傷し、神を憎み、人を侮り、高ぶり、大言壮語し、悪事を企み、親に逆らい、浅はかで、不誠実で、情け知らずで、無慈悲です。

 さすがに、ここまで列挙されると、こんなにひどくはありませんと言いたくなるかもしれません。あるいは、みんなだってやっているじゃないですかと言いたくなるのかもしれません。

 パウロはここで告げようとしているのは、神を知ることを認めないとこうなると言っているのです。

この中で、3回同じ言葉が繰り返されている言葉があります。それが「引き渡されました」という言葉です。24節と、26節、そして、28節に出てきます。

 この「引き渡す」という言葉は、ギリシャ語で「パラディドミー」という言葉です。イスカリオテのユダが、主イエスを裏切った時にも使われた言葉です。任せてしまうということです。

 任せてしまうというのは、自由にすればいいということです。 (続きを読む…)

2021 年 7 月 1 日

今月の礼拝予定(2021年7月)

Filed under: 今月の礼拝予定 — susumu @ 12:17

7月4日 三位一体後第5主日

主日主題: 神を知る
聖餐式礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: ローマ人への手紙1章26-32節
説教:「神を知る価値」鴨下直樹牧師

礼拝後:役員会

7月11日 三位一体後第6主日

主日主題: 慈しみ
公同礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: ローマ人への手紙2章1-11節
説教:「神の慈しみ深さ」鴨下直樹牧師

礼拝後:礼拝準備会/月間予定確認会

7月18日 三位一体後第7主日

主日主題: 福音
公同礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: ローマ人への手紙2章12-16節
説教:「律法と福音」鴨下直樹牧師

7月25日 三位一体後第8主日

主日主題: 聖霊による心
公同礼拝: 午前10時30分(ライブ配信)
聖書: ローマ人への手紙2章17-29節
説教:「御霊による心」鴨下直樹牧師

HTML convert time: 0.181 sec. Powered by WordPress ME