2014 年 8 月 17 日

・説教 ヨハネの福音書6章16-21節 「わたしだ、恐れることはない」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 19:58

2014.8.17

鴨下 直樹

毎年この夏休みの季節を利用して、同盟福音に所属しながら、各地の神学校で牧師になるために学びをしている人たちを対象に、一日神学生研修会というのを行っています。これは、ほとんど公に告知されることもありませんので、神学生を抱えている教会と、神学生本人にしかたいてい伝えられることはありません。今年は、二名の神学生が出席しました。そこで何を学ぶのかと言いますと、私たちが所属している同盟福音という団体はどういう性質の団体、教団なのかということを、神学生の間にちゃんと理解してもらおうということで、もう何年も前から行われるようになりました。私はこの同盟福音の牧師の家庭で育ったということもあって、なんとなく、この教団がどういうものかということを知っているつもりですけれども、そこで神学生たちに学んでもらっていることは、本当は同盟福音の中でも、みんなで学ぶべきものだということを感じています。

特に、今年は「敬虔主義」について学びました。ひょっとすると、同盟福音に長く居ながら、敬虔主義ということについてあまり聞いたことのない方も多いかもしれません。この「敬虔」というのは、「敬虔なクリスチャン」などと言うときの「敬虔」です。「敬う」という字に「虔」という字は、「とらかんむり」に文という字を書きます。「とらかんむり」という言葉自体、あまりみみなれない言葉ですが、人生で色々な経験を積むの「経験」とは異なる字です。

岐阜教会の川村真示先生が、その学びの担当をしてくださいました。あまりここで詳しく時間を取ることはできませんけれども、敬虔主義というのは、宗教改革の後、改革者ルターやカルヴァンの流れのプロテスタント主流派の教会の中で、信仰の形骸化が起こってしまいました。これは、プロテスタント教会はカトリックのように毎日ミサにいって徳を積むという考え方がありません。それで、反対に、私たちはプロテスタントですでに救われているのだから教会に行かなくてもいいのだと考える人たちが起こってしまいます。そこで、敬虔主義という運動が起こりますけれども、川村先生はその特徴の一つを「再生」という言葉で表現しました。それまでの教会では教会の定めた「制度」が大切にされていたのだとすると、この敬虔主義という運動は、再生したものの交わりを大事にしたというのです。簡単に言うと、個人的な信仰の主観的な正しさ、救われているという確信が大事で、そのようにして再生されたキリスト者の交わりこそが大切だとしました。

ですから、たとえば牧師は牧師であるという立場で認められるわけではなくて、その人個人の信仰が再生された者として実を結んでいるかということがより重要になっていきます。それで、この敬虔主義運動の流れの中から自由教会というものが生まれます。私たちの信仰のルーツはこのドイツの敬虔主義ですけれども、その後に、自由教会運動という流れが起こります。再生したキリスト者たちの交わりが大切だということで、制度を中心としていた当時の国教会から独立して、再生した信仰者たちの交わりが大事だとして、自分たちだけで聖餐式を持つようになったのです。そういった流れが、たとえば礼拝堂の真ん中に聖餐卓を置いて、説教壇をその脇に置くという習慣が生まれました。

それで、聖書を読む時にも、この聖書から自分が何を教えられるか、どう自分が変わることが求められているのかということが、聖書を読む時にも大切なこととされていきました。そうしますと、今日のような聖書を読む時には少しどう読んだらいいか分からなくなってしまうわけです。今日の箇所は湖を船で渡る途中に、嵐が起こってしまいます。弟子たちが恐れていると、水の上を主イエスが歩いて来られて、「わたしだ。恐れることはない。」と弟子たちに声をかけます。嵐が静まったということも、よく見ると書いてはいませんから、ここから何を読み取ったらいいのか分からなくなってしまうのです。特に、この箇所から自分の人生の教訓にできそうなものを見つけ出すということになると、一つだけ考えられるとしたら、船に乗っているときに嵐が来ても恐れてはいけないのだ、信仰はおそれに打ち勝つものだというようなことになってしまいます。

みなさんが、ご自分で聖書をお読みになるときに、このところをどう読まれるのでしょうか。ほんとうならば、ここで一人一人に聞いてみたい気がするほどです。

一週間前の信徒交流の時間に、ある方がメソジストの信仰の友人のことを質問された方がありました。メソジストというのは「几帳面屋」というニックネームですけれども、そういう名前を自分たちの教会の名前として喜んで使っている教会があります。最初にお話ししたように、この教会も敬虔主義の流れの中から生まれて来た教会だと言っていいと思います。その方の質問は、ここの教会では女性はスカートをはかなくてはならない、髪も長いほうが良いという。どうして、こんなにも違いがあるのかというのが質問の意図でした。それをどう考えればいいのかというわけです。

先週マレーネ先生がドイツに帰国されました。マレーネ先生を車で空港に送る時にその話をしますと、私が若い時、私の行っていた教会も日曜日女性はスカートをはくことが当然だったし、女性は髪を長く伸ばし、礼拝の服装も日曜には一番良いものを着ていくのは当然だったと話されました。今では残念ながらと言っていいと思いますけれども、こういう伝統や習慣は失われてしまいました。そのひとつの大きな理由は、いつのまにか、そういった主観が、守らなければならないものとして強い強制力をもっていたのです。たとえばそれはまだ、いくらか残っていますけれども、日曜日にお店を開かないとか、女性の牧師は受け入れがたいとか、そういう形で残ってはいます。でも、それは信仰の問題というよりも、習慣の問題と今では考えられるようになっています。

敬虔主義の流れの教会には、聖書の他に、その教会特有の律法、規則、決まり事というのがあって、それを守るのがよいクリスチャンなのだという考え方があったのです。もちろん、ここには考えなければならないテーマがたくさんあります。たとえば、日曜日に一番良い服を着てくる習慣を無くして、ジーンズや、サンダル、毎日の生活となんら変わらない服装で、神様を礼拝することに対して、主に対する畏れはそこから生まれるのかということは、私たちが本当は考えなくてはならないことです。ドイツの教会でも、マレーネ先生が車の中で話してくださいましたけれども、たとえば多くの人がお酒ばかりを飲んで仕事をしなくなってしまう人たちが大勢いたときに、教会ではそれを禁止して、お互いの生活が支えられるようにすることが必要で、そういう習慣が生まれて来たのだそうです。何の理由もなく、クリスチャンらしい生活ではないからお酒を禁じたわけではなかったのです。まして、服装もお互いに対する尊敬があった時代に、お互い気持ちよく日曜日をすごすためには作業着のような恰好で礼拝にいくのではなくて、きれいな服装を着ることが当然の結論だったのです。

さて、そうだとすると、今日の箇所は何を語っているのでしょうか。先週、4節のところに、「さて、ユダヤ人の祭りである過越が間近になっていた。」と書かれていました。それこそ、ユダヤ人たちにとってこのお祭りはとても大切なお祭りでした。自分たちの先祖がエジプトで奴隷であったところから、神がモーセを指導者に立ててくださって、エジプトから、神の約束の地、カナンに移り住むことができることになった。その神の救いの出来事を思い起こして、お祭りを祝ったのです。そして、今日の21節では「船はほどなく目的の地に着いた。」とあります。行くべきところに、到着したのです。17節では「カペナウムのほうへ湖を渡っていた。」とありますから、目的地はカペナウムだったことが分かります。そのカペナウムで何をしたのかは59節に出てきます、「会堂で話された」と書かれていまして、この過越しの祭りの時に、ユダヤ人の会堂で礼拝をされたのです。ちゃんと間に合った。そして、この6章というのはまるで、かつてイスラエルの人々が荒野でマナとうずらを食べ、そして、紅海を渡って目的地に着いた、あのユダヤ人の荒野の旅を再現しているかのようにして、その中での出来事をテーマとしていることが分かります。

そういう中で、まさに、嵐の真っただ中にいて、不安であった弟子たちに向かって、主イエスは声をかけられました。

「わたしだ。恐れることはない。」

この主イエスの言葉は、まさに、わたしがかつてイスラエルをエジプトから導き出したあの主そのものだと語り掛けておられるように、ここで描き出されているのです。

この「わたしだ。」という言葉は、ギリシャ語で「エゴー・エイミー」という言葉です。英語の「アイ アム」、ドイツ語の「イッヒ ビン」という言葉です。ほんとはその後に目的語が来ると文章としては良く分かりますけれども、ギリシャ語は、「わたしはある」という部分で終わってしまっています。

もう何年か前から「オレオレ詐欺」というのが流行っております。郵便局や銀行のキャッシュコーナーに行きますと、かならず、「振り込む前に確認して」などと書かれています。家族になりすまして、「俺だ、俺だ」と言って、「何か問題が起こったから大至急お金を送ってほしい」と言うわけです。ですから、最近では「わたしだ」という言葉に疑いができてしまっているのかもしれませんけれども、もともとは「わたしだ」という言葉は、それだけで、その人との深い関係を表す呼びかけです。

まして、このような流れのなかで、主イエスが「わたしだ」と言われたということ、それこそが、この箇所でもっとも私たちが聞き取るべき言葉であることはお分かりいただけると思います。主イエスの「わたしだ」は、わたしこそは、あの主なのだ。燃える芝の中でかつて語り掛け、その前にはアブラハムに恐れるなと語り掛けたあの主、イスラエルの人々にいのちのパンを与え、紅海をまっ二つに引裂き、荒野の中を導かれたあの主こそがわたしなのだ、という自己紹介なのです。主イエスの渾身の自己紹介であったと言ってもいいすぎではないのです。

あのお方が、主イエスなのです。そして、そのことが分かるならば、この主イエスに付き従う以外に道はありません。そのために一番いい服を着て来なさいとか、お酒はほどほどにしなさいとか、日曜日はこうするべきだというようなことを、主イエスはここでくどくどと説明して、それでも、ついて来られるならば、私を信じるかと言われたわけではないのです。「わたしだ。恐れるな」と言われた主は、その反応のすべてを、語った人にお任せになられたのです。

「それは、こうするといいのです」と、ひとつずつ事細かに決められることではありません。それは、その人、その人の応答なのです。そして、その応答の責任はその人自身にあるのです。その一つの例が、最後に登場するイスカエリオテのユダの反応です。「もうついていけない、イエスを売ろう」。そういう応答さえも、本人に託されたのです。

主イエスはそれほどまでに、私たちがどうお応えするかを、私たちにゆだねられるお方です。敬虔主義の流れの教会は、その歴史の中で非常に大きな役割をしめしました。どう決断していいか分からなかった時に、こう応える生き方があるのですと、教える道しるべとなりました。しかし、それは、反対の危険もありました。そうしていればいいいのだと考えてしまう人たちを生み出してしまったのです。あるいは、そうしなければ救われないのかと考える人たちを起こしてしまいました。それで、この流れにある教会は、自分でどうお応えするのかを、それぞれの信仰の応答とするのだということを教えるようになりました。それが、私たち同盟福音教会の歩みであったということができます。だから、ああしなさい、こうしなさいとここに教えるのではなくて、自分で主にお答えする者となることができるように主を知ってください。聖書を知ってください。神様と出会ってください。そして、それぞれが、自分の信仰の判断で、この主にお応えするのですよと語るのです。

それは、ある意味では厳しいことです。隣の人と同じことをしていればいいということにはならないからです。自分で、スカートをはくのか、髪のながさはどうするのか、日曜はどう過ごすのか、自分の判断で決断するのです。そして、その決断を誰かがひとつづつ取りあげて褒めてくれるわけでもないのです。自身が無くなるときがあるでしょう。不安になることがあるでしょう。これで、主に応えることになるのだろうかと心配するかもしれません。しかし、その時、私たちは何度もこの主の御声を聞く必要があるのです。

「わたしだ。恐れることはない。」との主の御声を。。

お祈りをいたします。

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