「教会の活動」のページを修正しました。
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- 教会学校の開始時間を変更しました。
- 芥見JC(ティーンのための集会)を追加しました。
今年は快晴・猛暑のなか、子どもフェスタが開催されました!テーマは「たからもの」
午前中はエプロンおじさんとマー君登場。コッコちゃんによる宝探しゲーム、マレーネ先生によるメッセージ「大切なたからものは見つかった?」。
メッセージでマレーネ先生は「私の助けは全地をつくられた神から来る」というみ言葉から、僕のたからものはイエスさまと出会うこと、と説き、それからみんなでテーマソング「僕の宝物」を歌いました。
午後は流しそうめん。 そうめんの合間に流れてくるプチトマトやソーセージ、玉こんにゃく、ゼリー、チーズなどに歓声が上がっていました。 かき氷もおいしかった!!
青竹を使った工作タイムではそれぞれおきあがりこぼしを作り、それぞれ自分の作品と、竹おじさんからのプレゼント、一輪差しとリンドウをお土産にもちかえりました。
鴨下直樹
この「日毎の糧を与えたまえ」という祈りは、私たちにとっておそらく最も身近に感じる祈りだと思います。この祈りはこの時代に生きる私たちにとってますます身に迫る祈りとなっているといえるかもしれません。この主の祈りについては、さまざまな時代に語られてきました。特に、私たちの国においても、いわゆるバブルと言われた時代、経済的な心配をそれほどしなくてもよい頃の説教というのは、多くが、私たちはこの祈りをしなくても食べるものには困らないけれど、それでもこの祈りを祈るのは何故か、という問いを持って語られることが多かったのです。ところが、このところの先行きの見えない経済、増え続ける税金などによって、もう一度この祈りが切実な響きを持つようになってきたと言えます。
このように、この日毎の糧を求める祈りというのは、必要が満たされるようにという祈りとして単純に理解すれば、私たちの生活の中心に置かれた祈りであると言えます。そして、この祈りが主の祈りの中の中心に位置しているのも偶然ではないだろうと思います。
礼拝の中で主の祈りを祈りながら、ここでようやくほっとすることができるということもあるのではないでしょうか。ここからが、私たちの日常の祈りであると感じるのです。確かに、この主の祈りは二つに分けることができると言われています。前半は神を讃える祈り、神についての祈りです。そして、ここから始まる後半部分が、私たちの祈り、私たちの生活に関する祈りであると理解することができるのです。 (続きを読む…)
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