2014 年 12 月 14 日

・説教 ヨハネの福音書7章53-8章11節 「主イエスへの挑戦」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 19:01

2014.12.14

鴨下 直樹

先ほど司式者が読みました今日の聖書の箇所をお読みになりながら、みなさん、少し不思議な思いを抱かれたのではないかと思います。今日の聖書の箇所は鉤かっこでくくられているのです。これは何だろうと思いながら、読まれる聖書に目を留められたのではないかと思います。これには少し説明が必要だと思いますので、最初にそのことをお話しします。

私は名古屋にあります東海聖書神学塾で新約聖書緒論という授業を受け持っています。そこで、最初に新約聖書の成り立ちについて教えるのですけれども、聖書は沢山の写本が発見されていますが、一つもオリジナルの聖書は発見されておりません。発見された写本の古いものでも約四世紀に書かれたものです。写本といいますのは、昔は印刷技術がありませんでしたから、大切な書物は書き写して広まっていきます。あるいは、何度も読んでいるうちにボロボロになってしまいますので、何人もの写字生と呼ばれる人が書き移すわけです。そうしますと、少しずつですけれども誤字や、後でわかったことを書き加えていったりしまうので、全く同じ写本というものも存在しないわけです。それで、聖書の研究科はできるかぎり聖書のオリジナルに近いものを見つける作業をいたします。そこで、発見された数々の写本を比較しながら、より古い時代の写本に書かれたものがオリジナルに近いだろうということで、「本文」(ほんもん)を確定していく作業をします。これを本文批評といいます。

そういう聖書研究の結果、今日の箇所は古い代表的な写本には入れられていないので、これはヨハネの福音書には最初は書かれていなくて、後の時代になって書き足らされたものであることがはっきりしてきたのです。それで、この箇所は他の聖書の箇所と同じように扱うことはできないのではないかと考えて、鉤かっこの中に入れられるようになったわけです。ですが、もうこの箇所は長い間、ヨハネの福音書として親しまれてきました。そして、この箇所をヨハネの福音書に残しておくか、外すべきかということをその後の教会会議で決定いたしまして、聖書の中にそのまま残されることになったのです。

今日の聖書の内容はそれほど複雑な話ではありません。姦淫の罪の犯した女が連れてこられます。旧約聖書のレビ記20章10節にこういう戒めがあります。 (続きを読む…)

2014 年 12 月 7 日

・説教 ヨハネの福音書7章40-52節 「この方がキリストなのか?」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 21:51

2014.12.7

鴨下 直樹

先週の金曜日に私とマレーネ先生が教えております東海聖書神学塾のクリスマス会が行われました。今年一番早いクリスマスの祝いをいたしました。毎年のことのようですけれども、ずいぶん神学生たちもリラックスをしながら、楽しい催しを準備しておりました。クリスマスというのは、主イエスの降誕をお祝いするのですから、どのようにお祝いすることが、主のお生まれを祝うことになるのか。キリストを祝うのにふさわしい祝い方というものがあるのではないかと改めて考えさせられました。私は例年参加しておりませんでしたので、本当に20年ぶりに神学塾のクリスマス会に出席したのですが、礼拝をした後で、食事会になります。ゲームをしたり、讃美歌をうたったり、劇をしたりと、ずいぶん賑やかに楽しんでいたのですが、最後に降誕劇をいたしました。その劇はところどころセリフを面白おかしくしていたまではまだよかったのですけれども、だんだん悪ふざけが過ぎていきまして、ふざけすぎた劇になってしまったのです。

クリスマスというのは、「キリスト」という言葉と礼拝するという言葉の「マス」が一つになった言葉です。キリストを礼拝するという意味です。そこでは、当然キリストがどういうお方なのかということを知ることはとても大切です。そういうもっとも大切なことを教える神学校で、他のテーマでユーモアを交えるならいざ知らず、キリストの降誕劇を神学生たちがふざけていたのでは、キリストを知る礼拝は成り立たないと私は思うのです。キリストがあまりにも小さくなってしまっているのです。

今、ヨハネの福音書のみ言葉を順に聞き続けています。先週は、「わたしが生ける水だ」と主イエスが仮庵の祭りの最後に宣言なさったところから話しました。聖書には、実にたくさんの箇所で、この人々の渇きを癒す、生ける水のことが語られてきたのだということも、ずいぶん丁寧に話しました。その主イエスの言葉を聞いていた祭りの人々は、この主イエスの宣言をどのように聞き取ったのか。その反応が書かれているのが今日のところです。

そして、そこで、主イエスの語られる言葉を聞いた人々の中に「この方はキリストだ」と受け止める人たちが出て来たのです。それが、今日私たちに与えられている聖書のテーマです。「この方はキリストなのか?」そのように今日の説教のタイトルを付けましたけれども、これがそのままこの箇所のテーマなのです。 (続きを読む…)

2014 年 12 月 1 日

今月の礼拝予定(2014年12月)

Filed under: 今月の礼拝予定 — susumu @ 09:38

12月7日 待降節第二主日

主日主題: キリスト
聖餐式礼拝: 午前10時30分

聖書: ヨハネの福音書7章40-52節
説教:「この方がキリストなのか?」 鴨下直樹牧師
聖餐式

午後:各部会、聖歌隊練習(14:00~)

12月14日 待降節第三主日

主日主題: 解放
公同礼拝: 午前10時30分

聖書: ヨハネの福音書7章53節-8章11節
説教:「主イエスへの挑戦」 鴨下直樹牧師

午後:役員会

12月21日 待降節第四主日(クリスマス)

主日主題: いのちの光
聖餐式礼拝: 午前10時30分

聖書: ヨハネの福音書8章12-20節
説教:「いのちの光」 鴨下直樹牧師
聖餐式

午後:礼拝準備会・月間予定確認会

12月24日 燭火礼拝(キャンドル・サービス)

よる 19時30分~21時
燭火礼拝終了後、お茶、ケーキをご用意しています。

12月28日 降誕節第一主日

主日主題: 信仰
公同礼拝: 午前10時30分

聖書: ガラテヤ人への手紙2章20-21節
説教:「イエス・キリストと出会ったパウロの生涯」 舛田忠興執事

午後:特にありません

2014 年 11 月 30 日

・説教 ヨハネの福音書7章37ー39節 「生ける水の川の流れ」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 14:52

2014.11.30

鴨下 直樹

私たちの教会はこの二週間ほど目まぐるしく動いてまいりました。コンサートをいたしました。先週は礼拝後にこの教会を会場にして教団の総会を行いました。また、翌日には婚約式です。とても豊かな時間を過ごしまして、まるでお祭りのような二週間でした。お祭りの最後のクライマックスには、人々の期待が高まる瞬間があるものですが、まさに、先週の月曜日の婚約式には大勢の方が共に祝ってくださいまして、まるで結婚式のようだったとみなさん口々に言っておられました。 そのように、祭りの最後の時というのは、もっとも重要な時です。私たちも今週からいよいよアドヴェントを迎えます。教会の暦では一年の最初ということになりますけれども、いよいよ12月に入りまして、みなさんお一人おひとりの生活においても、この季節にはとても重要な意味を持っているのではないかと思います。一年を振り返る時を持つ方もあるでしょう。仕事でも、新しい年に迎えて備えなければなりません。学生は新しい学校に入るための試験であったり、準備などをいたします。新しく社会人になる方もこの中にありますけれども、そういう備えの時期でもあります。また、結婚の備えをしなければならない方もあります。そういう大切な時に、私たちはこのみ言葉が与えられています。 ヨハネの福音書7章37節です。

さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」

仮庵の祭りというのはユダヤ人たちにとっての大きな三つの祭りの一つ、しかも一年の最後の大きな祭りの最後です。人々の期待が高まる瞬間です。この聖書には書かれておりませんけれども、どうも、この祭りの時に、シロアムの池というのがエルサレムの都にありますが、ここから水を汲んで来まして、祭壇に注ぐという儀式を行っていたようです。おそらく、そのまさに、祭りが最高潮に達しようという時に、主イエスは大きな声で言われました。 (続きを読む…)

2014 年 11 月 23 日

・説教 マタイの福音書25章1-13節 「主にある望みに生きて」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 13:32

〈終末主日〉

2014.11.23

鴨下 直樹

今日は教会の暦で一年の最後、終末主日を覚えています。終末という言葉は、そのまま死を覚える、自らの終わりの時を考える時を教会はその暦の最後に覚えるようにしているのです。教会によっては、この日を収穫感謝の日として覚えるところもあります。そこでも、ただ、作物の収穫を感謝する、私たちの日ごとの生活に与えられているものを感謝するということにとどまらず、やはり、人生の最後、私たちは何を収穫することになるのかを覚えるという意味がそこにはあります。そうして、来週から教会暦のはじめに、キリストがお生まれになるために備えるアドヴェントに入っていくのです。

いつもですと、ヨハネの福音書のみ言葉を順に聞き続けておりますけれども、今朝は聖歌隊が賛美をいたしました。「起きよ、と呼ぶ声がする」という賛美です。もともとはドイツ語の賛美ですが、日本語にされたものをうたいました。この讃美歌のテキストになっているのが、先ほど司式者が読みましたマタイの福音書の25章の1節から13節のみことばです。十人の花嫁のたとえばなしと言われる箇所です。

先ほども賛美の中で「起きよ」、「起きよ」というフレーズが何度も続きました。讃美歌では「夜はあけぬ」と歌いました。「夜があけるから、起きなさい」と起こしているのです。この讃美歌はもともとドイツ語のもので、どなたが訳したのかわからないのですが、もとの歌詞には「夜は明けぬ」という言葉はありません。花婿が来るから花嫁であるエルサレムよ、起きなさいという歌詞がつづいているのです。とても、興味深いのは、花嫁をエルサレムに例えている点です。

今日の聖書の箇所を読みますと、花嫁は十人いました。たとえ話ですから、実際にこの時代の結婚は合同結婚式であったのかなどということは考える必要はないと思います。少し内容を考えてみたいと思います。 (続きを読む…)

2014 年 11 月 20 日

クリスマスのご案内

Filed under: お知らせ,イベント — susumu @ 15:50

クリスマス礼拝

12月21日(日)あさ 10:30-12:00

燭火礼拝(キャンドル・サービス)

12月24日(水) よる 19:30-21:00
※ 燭火礼拝終了後、お茶、ケーキをご用意しています。

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2014 年 11 月 16 日

・説教 ヨハネの福音書7章25-36節 「神を知るために」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 21:14

2014.11.16

鴨下 直樹

昨日は、教会でコンサートが行われました。本当に大勢の方が来られました。教会外から来られた方だけで約70名の出席がありました。演奏してくださったグレイス・オーさんは韓国で生まれた、目の見えない方です。昨日も演奏の合間に一緒に来て下さった田村先生が色々とお話しくださいました。そこで話されたことですけれども、9歳の時に自分のいのちを絶とうとしたことがあったとのことでした。その話だけでも、まだ9歳で自分の人生を諦めようとされたほどに厳しい生活があったということが分かります。ところが10歳でおばあさんに連れられて教会を訪ねて神さまと出会います。そして、その時にピアノの道を歩むことを決断したのだそうです。10歳からピアノを始めるというのは、プロになろうとするなら遅すぎると一般的には言われます。けれども、自分に与えられた神さまからの使命として受け止めてこの道に進んで、ついに、アメリカでピアノの博士号までもらうに至ったということでした。10歳で神さまと出会ったことで人生が大きく変わったと言っていいと思います。そして、昨日も実に素晴らしい演奏を聞かせてくださいまして、集われた方みなさん大変喜んで帰られました。神さまと出会うということが、これほどまでに大きな意味を持つのかと改めて考えさせられました。

今日の聖書の箇所も、いろいろと難しいことが書かれていますけれども、一つの大切なテーマは神と出会う、神を知るということに尽きると言っていいと思います。今日の聖書の中に、何度も「知る」という言葉が出てきます。

ほとんど一ヶ月ぶりにヨハネの福音書に戻りましたので、少し、これまでの話の流れを忘れてしまっておられるかもしれません。このヨハネの福音書というのは、実に丁寧に話を進めています。そして、いつも前に書かれたことが展開されていきますからどうしても、前に何が書かれていたかを少し思い起こしていただく必要があります。この7章のテーマは、一言でいうと (続きを読む…)

2014 年 11 月 9 日

・説教 ヘブル人への手紙13章13ー14節 「希望の歩み」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 21:12

本日はアライアンス・ミッションの代表であるエアハルト・ミヒェル師が説教をしてくださいました。

2014 年 11 月 2 日

・説教 コリント人への手紙 第二 3章18節 「主と同じ姿に」

Filed under: 礼拝説教 — miki @ 20:41

2014.11.2

鴨下 直樹

今日は召天者記念礼拝です。今日こうして久しぶりに顔を会わせる方々あることを嬉しく思います。毎年のことですけれども、教会ではこのようして、すでに天に召された方々のことを思い起こしながら礼拝の時を持っているのです。それはつまり、私たちの教会では一年に一度、みなさんと共に「死」について考える時をもっているということです。

私たちは普段、日常の生活の中から死をできるかぎり追い出して生活しています。死について考えますと、気がめいってしまうからです。けれども、誰も避けて通ることは出来ません。死を考えるということは、本当は何にもまして考えておかなければならないことです。自分のいのちをどのように終えるのか。その人生のしめくくりを、漠然としたもやもやしたものの中に放り込んだままでいることは、自分の人生そのものがどこに向かっているのか分からないまま毎日を過ごしているということになってしまうのです。けれども、問題はどう考えていいのか分からない。だから、遠ざけてしまっているというのが、現状なのではないかと思うのです。それで、今日は、聖書はこの死の問題をどう考えているのかということを、少し一緒に考えてみたいと思うのです。 (続きを読む…)

2014 年 11 月 1 日

今月の礼拝予定(2014年11月)

Filed under: 今月の礼拝予定 — susumu @ 00:10

11月2日 三位一体後第二十主日

主日主題: 召天
聖書: 第二コリント3章18節
説教:「主と同じ姿に」 鴨下直樹牧師

午後:墓地礼拝(於:鳩吹)

11月9日 三位一体後第二十一主日

主日主題: こどもの祝福
聖書: 第一サムエル記16章1-13節
説教:「心を見られる主」 鴨下直樹牧師

午後:伝道コンサート会場設営、役員会、聖歌隊練習、手話講座

11月16日 終末前主日

主日主題: 神を知る
聖書: ヨハネの福音書7章25-36節
説教:「神を知るために」 鴨下直樹牧師

午後:礼拝準備会・月間予定確認会

11月23日 終末主日

主日主題: 神の国
聖書: マタイの福音書25章1-13節
説教:「主にある望みに生きて」 鴨下直樹牧師

午後:教団11月総会(於:芥見キリスト教会)

11月30日 待降節第一主日

主日主題: 待降
聖書: ヨハネの福音書7章37-39節
説教:「生ける水の川の流れ」 鴨下直樹牧師

午後:女性会

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