・説教 「神を見る清さ」 マタイの福音書5章8節
鴨下直樹
心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。 (5章8節)
今日、私たちに与えられている幸いを語る言葉はこのように語っています。神を見ることは幸いだと。私たちはこれまで、様々な幸いを告げる言葉を聞き続けてきました。今日の言葉で六番目になります。最初に申し上げましたように、この山上の説教は主イエスの弟子達だけではなくて、そこに集まってきていた群衆にも語りかけられました。主イエスの語る幸いに、多くの人々が招かれているのです。
それで、「心の貧しい人」という問いかけから始まるこの主の教えを聞いた人々は、主イエスが語ろうとしている幸いというものが、次第にこの世界で幸せと言われることとは少し異なっていることに気がついていったのではなかったかと私は思います。そして、ついに、「神を見る」と主イエスはここで宣言されました。この幸いに生きようと思うのであれば、神を見ることが幸いをもたらすのだと語られたのです。
考えてみて頂きたいのですけれども、これまで様々な人々が幸せとは何かという事を考えてきました。 (続きを読む…)
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