・説教 詩篇119篇97-112節「あなたのみことばは私の足のともしび、私の道の光」
2021.04.04
鴨下 直樹
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午前10時30分よりライブ配信いたします。終了後は録画でご覧いただけます。
イースターおめでとうございます。今日は、主がよみがえられたことを共に喜ぶイースター礼拝です。このイースターの礼拝で、洗礼入会式と、転入会式を行うことができるのはとても幸いです。
このコロナ禍にあって、どこの教会もそうだと思いますが、なかなか伝道が思うようにできません。いわゆる伝道的な集会はことごとく休会となっています。そんな中で、55プラスに集っておられたMさんが、信仰告白をし、洗礼を受けることになりました。今、この場にはおられませんが、55プラスをはじめられたマレーネ先生もとても喜んでおられると思います。
55プラスというのは、毎月一度ですが、55歳以上の方が集いまして、マレーネ先生が作ってくださるドイツのお菓子とコーヒーなどをいただきながら、テーブルごとに座られた方々と、しばらく歓談を楽しんだ後で、一人ずつ毎回異なるテーマが与えられていて、そのテーマについて参加された方々が自由にお話をするという集いです。そして、最後にマレーネ先生がその時のテーマに基づいた聖書の話をしておられました。
Mさんは、そこでマレーネ先生が語られるメッセージを聞くうちに聖書に関心を持つようになって、インターネットで聖書の学びをされたそうです。
聖書が何を語っているのかという事に、少しずつ心がひかれていったのです。
今日、転入会されるSさんも、クリスチャンの友人が与えられて、そこから教会に集うようになり、やはり礼拝で語られる説教に心惹かれるようになって信仰に導かれた方です。
今日の詩篇119篇の105節に、こういうみことばがあります。
あなたのみことばは 私の足のともしび
私の道の光です。
おそらく、この詩篇119篇の中で最も有名なみ言葉といっていいと思います。Mさんも、Sさんも、自分の歩むべき人生の道の光として、聖書の光が必要だという事に気づかされていったのだと思います。これからの人生の道を示す指標として、その道を照らす光は聖書なのだということを知ったのです。
暗い森の中を歩くという経験は、今の日本ではあまりないのかもしれません。けれども、想像することはできると思います。森を歩いていて進む方向が分からなくなるのは、太陽の位置が分からなくなってしまうからです。そうなると、自分がどちらの方向に進んだらいいのか分からなくなることがあります。よく知った森の道ならまだ大丈夫なのかもしれませんが、見知らぬ土地であればなおさらです。そんな道を進んでいる時に、民家の光が見えてきたらもうそれはホッとするに違いありません。自分の進んで来た方向は間違いではなかったということが分かる時でもあります。
みことばは私の足のともしび、それは足元を照らす光でありながら、私たちに安心感をあたえるものでもあるのです。 (続きを読む…)